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インドネシア語の成立と日本軍政

歴史観 言語 インドネシア

歴史と今の生活には密接な関係がありますが、ほとんどの人は過去のことなどどうでもいいと思ってるように見えますね。まあそれはともかく所謂東京裁判史観みたいなのでは日本は悪者であり、逆に一部の保守は日本を美化し過ぎな感じですね。

 

後者の人たちはしばしば反日国家以外のアジアは日本に感謝してるというようなことを言いますが、そんなのは当然人それぞれであり、教科書でも日本統治を酷いものだと書いてあるのもあるようです。

 

しかし今日はちょっといい方の話を。今僕は中国語を一生懸命勉強しておりますが、インドネシアも好きなので少しインドネシア語も勉強してます。インドネシアには多数の言語がありそれが現在のインドネシア語という標準語になる過程の話ですが、左翼には極右扱いされる日本会議のHPには次のように書いてあります。

 

⑥250を越える言語のなかからジャワを中心に使われていたムラユ語を統一一インドネシア語に定め、新聞やラジオ・映画、学校教育などで普及した結果、インドネシア民族の行動の統一、感情の統一一が図られた。

インドネシアにおけるオランダ350年と日本3年半の統治比較 « 日本会議

 

事実かどうかはともかくいずれにしてもきっとインドネシア人自身ほとんど知らないでしょう。がちょっと最近知り合ったインドネシア人はわりと詳しかったので彼の説明をそのまま引用します。

なんというか、 ムラユ語が統一言語に選ばれたとのは 1928年のSumpah pemuda で言われたんだけど。1943頃、日本の統治の間、インドネシア語委員会(komite bahasa Indonesia) が設定された。そのおかげで、インドネシア語言語学も文学もがどんどん開発した。

彼が言ってることがどこまで正確か知りませんけど歴史はやはり面白いですね。