最近朝鮮事情所感6

最近朝鮮事情所感1 - 王蟲の子供
最近朝鮮事情所感2 - 王蟲の子供
最近朝鮮事情所感3 - 王蟲の子供
最近朝鮮事情所感4 - 王蟲の子供
最近朝鮮事情所感5 - 王蟲の子供
 

続きまして朝鮮の人について。ここはまあ朝鮮人が如何に不潔で怠惰かってことを書いてますが、Wikipediaにだいたい書いてあるのでWikipediaをリンクするに留めます。

最近朝鮮事情 - Wikipedia

 

次に朝鮮の家庭について。ここは個人的に興味深かったので長めに引用。

朝鮮では家庭といわれるほど家庭となっていない。前章で述べたとおり、家屋の造りがただ防寒が唯一の目的とし、家中の慰安とか快楽とかいうことが得られる仕組みでなく、親子相親しみ、夫婦相愛して、一家団らんの趣味を感じえられる機会もないからである。 男女席を同じにせずとは儒道の教えであるが、一家の男女夫婦までも一緒にいることが出来ないというほど窮屈な教えではあるまい。夫婦相携へ、親子相語りて、相睦み、相愛して苦楽その中に存するという家庭の根本があるべきなのに、朝鮮では平面上その隔たりが厳重であるから、一家和諧して楽しむ家庭の団らんの楽しみは到底得られるはずがない。 

(中略)

前にも述べた人定の鐘(夜10時に鳴る鐘)を合図に女子はそれから外出するが、男子はそれから出られないというのはこの訳で、親密の間柄でも男女話を交わすようなことは出来ないことになっている。 

(中略)

ところがこの男女別の習慣は、男女席を同じにせずとか、夫婦別ありとかいう儒教から来たのではない。昔高麗の太祖王建が貞州という所を通り、馬から降りて柳の樹の下で休憩していた時、そこに一人の女子がいた。品格もあり容貌も良いので、どこの娘かと問うたら、この邑の長者の家女です、私方へ来て御休みなされと言われた。王建はその家に至り大いにもてなしを受け、その晩も泊まったところそれが縁となり遂に娶って王妃とした。神恵后柳氏がこれである。これにより田舎をあさって美人をつれ取って帰るという行為が流行し、娘を持つ持つものは大いに心配で、それゆえに今日のように客にも逢わせず、外にも出さない、もし出ても人に見られないようにする習慣が生ずるに至ったという伝説もある。実に気の毒なものじゃ。

 最後に書いてある伝説が本当なら実に気の毒なものじゃ。いずれにしても夜になると女性だけ外出し男性は家にいるというのは面白い習俗ですね。

 

次に朝鮮の男女。

日本の諺に、東男に京女というのがある。これによく似て朝鮮でも、公州男に平壌女という諺があって、平壌の女の美しいことは別段であるそうで、(中略)

男尊女卑がひどいのは一般東洋の弊習とも言ってよいだろうが、朝鮮はまた一層甚だしいようである。

(中略)

ところが朝鮮の女の生活はまことに陰気で、狭い部屋にばかりに引っ込んで、ここを己の世界として、日々シーシーとただ洗濯と裁縫とのみに追われてばかり居て、ほかに楽しみというものがない。

(中略)

表面上はこの様に男女の別が厳重であるが。裏面に入ってみれば別であって、甚だ風俗のよくない辺がある。寺にゆく処女、負われて町に入る坊主、などの諺のあるのを見ても大抵の様子は推せられぬであろう。

最後の部分は少し詳しく書いて欲しかったですね。そして何故かこの後済州島の描写。

 ところがこのような朝鮮国内に一種異なった天外の別世界があるのは不思議だ。それはすなわち済洲島で、この島に上陸してみると、男は大抵獣の皮で作った縁の広い日本の帽子または頭巾のようなものをかぶり、女子は髪の結い方も違って絵にある大和姫のように、また顔を隠すこともなく、平気で甲斐甲斐しく立ち働き、また往来をしているいるのを見る。

(中略)

 この島の住民は一般に勇気があって良く働き、風俗は質朴で、窓も閉ざさず戸もかけない安楽郷で、家に温突を作らないところから、その他一般の物事が、朝鮮よりも日本の方によく似ているので、地理学者などはこれを朝鮮における日本島と呼んでいる。珍しいことである。 なおこの島で不思議なのは毎年生まれる子がいつも男子よりも女子の方が多い。そこで常に女子の人数が多いから、乞食のような者でも妻のほかに別の妾を置いているという有様である。

そして結婚について。仲人、媒酌、式のことなど書いてあるが、かなり早婚であるらしいことが面白い。

すでに婚姻した者はどれほど年齢が若くとも大人だ大人だと崇められるが、まだ婚姻しないものはタトヒ60になろうが70になろうが総角、すなわち小童と呼ばれて人に軽蔑される。今王の李熙も雲峴宮で小童であった時は、最下の両班の長者から呼び捨てされこれに伏拝したのである。

だから男子は12、3歳で結婚して2、3歳上の女房を娶るそう。

 

まあ今回はWikipediaのリンクだけで済ませたところが一番面白いですよね、やっぱ。「獣に近い」と「牛に近い」とか。まあ随分酷い言いようと言えばそうですが、実際に環境によっては人間はそうなるもので。そのうち纏めて書ければいいなと思ってますが、イザベラ・バード朝鮮紀行では朝鮮国内と比べロシアに住んでる朝鮮人はかなりまともだったように書いてあります。日本が恐れたように朝鮮がロシアの支配下に入ってたとしたら彼らはどうなったんでしょうか。

 

ところで例えば台湾では後藤新平が台湾で現地に合わせた施策、彼の言う「生物学の原則」に則った施策を採り、南洋の委任統治領でも民俗学的調査に基づき、現在の基準から言えば「差別的」な政策を採ったわけですよね。これは台湾で阿片を根絶させたなどの効果もあげたという面もあります(この阿片の漸減政策に対して台湾人の友達から差別だと言われたことがあります。)。朝鮮だけこれだけ恨まれるのは一つには台湾その他と違って既に「国」だったというのはあるでしょう。しかしなんなんでしょう、とても興味深い国です。

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