読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日は何の日? 通化事件

歴史観

まあ節分なんですけれども、通化事件通州事件はよりこっちの方が規模大きいね。闇も大きそう。心の底から気持ち悪くなるので嫌な人は読まないで結構です。引用がほとんどだし。

通化事件(つうかじけん)とは、1946年2月3日中国共産党に占領されたかつての満州国通化省通化市中華民国政府の要請に呼応した日本人の蜂起と、その鎮圧後に行われた中国共産党軍八路軍)および朝鮮人民義勇軍南満支隊(李紅光支隊、新八路軍)による日本人及び中国人に対する虐殺事件。日本人3000人が虐殺されたとされている[1]。中国では通化"二·三"事件[2]などと呼ばれる。

通化事件 - Wikipedia

詳細を読んでるとほんとに気持ち悪くなってきます。中でも嫌な気分になるのはこれ八路軍中国共産党軍)に協力した日本人もいるんだね。日本共産党はそんな系譜を引いてるというのになんで未だに存在出来るんだよ。オウム真理教より甚大な被害をもたらしてるだろうに。

1938年ごろから、中国共産党軍は徐々に日本人捕虜を処刑するだけではなく[1]工作員になるよう思想教育を行うようになった。やがて、野坂参三毛沢東の指示により[1]1940年延安に設置された日本労農学校第二学校などの捕虜収容所において校長を務め、日本人捕虜たちに自己批判などによって共産主義者になるよう教育を行うようになった。なお、教育課程中に脱走したものは処刑されることになっていた。また、逆に無事日本軍に戻れたものも、日本軍からスパイと疑われたものもあった。思想改造教育修了者は、野坂参三の提唱に基づいて1944年に結成された日本人民解放連盟に加入させ、日本軍へのプロパガンダ工作を行った。野坂参三日本人民解放連盟工作活動は中国にとどまることなく日本における反戦活動や戦争終結後の革命運動にも利用することとしていた。

この間、野坂たちは日本兵士に存在する天皇への敬愛の念の深さを実感し、それが戦後の、「愛される共産党」の提唱につながった。 

終戦後も日本人民解放連盟中国共産党に協力し、通化事件にも関わることとなった。

日本人民解放連盟 - Wikipedia

 こういう人たちが未だに活動してたりするんだからそりゃ中帰連みたいなのもいるわなあ。

共産軍の勝利に貢献した前田光繁は日本に帰国後、日中友好会理事を務めるなどし、2005年には北京で開かれた「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利60周年記念」に出席し、胡錦濤主席の統治を称えるとともに日中関係の友好的発展のために努めることを表明している[75]。林弥一郎は日中平和友好会を創設し会長を務めた[76][77] 

 満州の引揚者が大変な思いをしたということは漠然とよく聞きますがその一つの象徴的な事件なんでしょうか。満州の闇は深いね。なかなか上手くまとめて書くのにはまだまだ時間がかかりそう。当然ながら日本と中国という二項では語れないし中共と国民党に分けて三項でも全然不十分。日本軍内部も一枚岩ではないし。さらに大本とか宗教も絡むという。しかし日本が戦争に進んでいった経緯を読み解くには欠かせないところですね。

 

満州国 ~石原莞爾編~ - 王蟲の子供

満州国2 ~満州人脈編~ - 王蟲の子供

満州国3 大東亜共栄圏と左翼の思想的類似性 - 王蟲の子供