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支那と呼ぶべきか

私の周りにも中国のことを支那と呼ぶ人はいます。姐さんも言うな。さてこれについてそう呼ぶべきだという人の理屈としてはこのページがよく説明されてると思います。

 

シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由

 

 

1. 中国の人達の置かれた困った立場
 ・正しい地名が恐くて使えない
2. 中国は由緒ある日本の地名
 ・比較にならない程古い中国の歴史
 ・すべては外務省の通達から
 ・驚くべきマスコミの力
 ・押し付けに従うのはやめよう
3. シナは世界の共通語
 ・「支那(シナ)は日本人だけが使った差別語である」の嘘
 ・「シナ人はシナと呼ばれることを嫌がっている」のうさん臭さ
 ・「意図的にシナと呼ぶ態度がシナを差別語にしたのだ」のでたらめ
4. 二つの「中国」
 ・中華思想とは何か
 ・新たな秩序を持ち込んだもう一つの中国
 ・シナを「中国」と呼ぶことは日本の基本的立場に反する
5. なぜ日本人にシナと呼ばれると都合が悪いのか
 ・打ち砕かれた古い中華秩序
 ・シナの独立と乗っ取り
 ・「中国」の意味の変更による侵略の正当化
 ・シナを「中国」と呼ぶことは侵略の手助け

 

しかし僕自身は支那と呼ぶことはありません。理由は下記のケント・ギルバートさんの主張に近いです。

 

しかし、過去の経緯を調べてみると、中華民国(ROC=Republic of China)の指導者であった蒋介石は(根拠や妥当性は別にして)、日本人が彼らを「支那」や「支那人」と呼ぶのは差別的であると戦前から批判していました。敗戦国となった戦後の日本では政府の方針もあって、これらの言葉をほとんど使わなくなりました。ですから今、「支那」の言葉をあえて使う場合は通常、差別的・侮辱的な意味を込めていると受け取られます。

 

(中略)

 

ただ単に日本の中国地方と区別したい、あるいは彼らの「中華思想」に反発を覚えるから「中国」という単語の使用を避けたい場合は、無意味な論争を避けるために「チャイナ」や「PRC(=People's Republic ofChina)」という言葉を使ってみてはいかがでしょうか。 

支那(シナ)という言葉について(二カ国語)|ケント・ギルバート ブログ『ケント・ギルバートの知ってるつもり』 Powered by アメブロ

 

要するにどう取られるかということですね。これは中国にどう取られるかという以上に一般の日本人にどう取られるかという。自ら進んで色眼鏡で見られかねないことはしない方がいいんじゃないかな。どう取られようが正しいことは正しいんだという考え方は間口を狭めるのでね。