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名大生の老女殺害事件について一言~人権と宗教~

ここ数日イスラム国の件で色々書いてましたが、一応犯罪心理学を専攻したものとして名大生の老女殺害事件についてやはり言いたいことはございますね。というかこの事件を借りて言いたいことを言うだけですが。老女の勧誘してた宗教も興味があるけどそれはまあいいか。(追記:宗教のキーワードでの検索が多いので申し訳ないから追記します。加害者はエホバの証人とCARPに勧誘されてたということで被害者はエホバではないかとのことですが、CARPは統一教会系ということでそちらに関しては多分今後書く機会もあるかと思います。)

これ彼女のTwitterらしいです。前述の通り犯罪心理学を専攻し、YG性格検査によると犯罪者気質とされる私としては犯罪者には超厳しいです。人権人権うるさい今の日本でも日本が犯罪者に甘いということは多くの人が 感じてると思います。先日死刑存続の意識調査でも8割賛成でしたね。多分問題があるとすれば冤罪の可能性でしょうがそれは今回は置いておこう。

 

この手の快楽殺人者は基本的に更生は無理です。例に漏れず動物虐待もやってたようで。しかしこの手の未成年者の犯罪の場合次のような声がまあ聞かれたりしますわね。内容は大してないので読む必要はないと思いますが題名だけで十分でしょう。


「なぜ人を殺してはいけないか」名古屋大学理学部19歳のあの女子大生にはっきり示せるか - 「そんなにしてまでなぜ生きねばならないのでしょうか」

仏教のサイトのようで大概宗教というのは殺生を禁じてると思いますが、殺人者の処刑に宗教者たちがかつてそんなに反対してたのでしょうかね。これは近現代の傾向ではないの。それはともかくこういった哲学的(?)な話をしてもこういった犯罪者には何の力も持たないでしょう。

 

犯罪心理学者でいえば私は小田晋のような反人権派でございますね。人権派のせいでどれだけの人権が損なわれたかは誰でも分かるでしょう。それを綺麗事を抜かして犯罪者の人権を擁護するなどというのは偽善を通り越して犯罪を助長していると結果的には言えますわよ。まあこういうことを言ってもそういう人たちはそれは極論だとでも言うでしょうけど。無責任きわまりない。人権というのも宗教のようだね。というか病気かもね。

 

さて一応未成年ということで少年法にも言及したいですが一度にいろいろ深入りはやめとこうか。ただ例えば綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人たちがのうのうと今もその辺を闊歩してるというのはどうしても納得がいきませんわよ。身内でなくても腸が煮えくり返ってくるのが普通の人情ではないのかい?